2009年5月31日日曜日

民主党員とTV報道

民主党の幹部がTV出演し、北朝鮮の核兵器問題について論評している。しかしその顔は常にゆるみっぱなしでニコニコしている。

このようなニコニコ、ヘラヘラ外交で北朝鮮に対峙できると思ったら考えがあまい。
前原氏がもし金正日と面談したら相手になめられて輕く捻られるだろう。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月30日土曜日

身分証明書と防犯

外国人には外国人登録証の携帯が義務付けられているが、日本人には身分証明書を携帯することが義務付けられていない。
この際日本人にも写真付き身分証明書の携帯を義務付けると良い。

こうすることにより、警官による職務質問によって犯人を特定しやすくなる。

身分証明書としては住民基本台帳カードが妥当だ。身分証明書は各種行事で入館するときなどでも役に立つ。

"名札法"として制定すると良い。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月26日火曜日

福祉大国から文化大国へ

世界的に、福祉大国よりも文化大国の方が尊敬される確率が高い。しかも文化大国は経済大国とは限らない。

文化大国になるためには、国民各自が"稼げることよりもやりたいこと"を基準に仕事をえらぶ必要がある。
間違っても、「食って行ければ仕事は何でも良い」と言う態度ではいけない。

たんぱく質重視の炭素型人間から、神経重視の水素型或いは発電型の人間に変容すべきなのだ。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月25日月曜日

北朝鮮と核兵器

本来ならば北朝鮮はロシア又は中国と安全保障条約を結び、核の傘に入ることによって軍事費の負担をまぬかれ、経済発展に専念すべき立場にある。

そうしないのは、北朝鮮の"核ミサイル"が米国などの西側諸国を向くとはかぎらないからである。
北朝鮮が核ミサイルを北京まで飛ばすことが容易であるのは言うまでもない。

Okamoto Eizo
岡本英三

“生かさず殺さず”と文化

政治は常に、領民に対し生かさず殺さずを目標にする。
これに対し庶民や弱者は元々食うのに精一杯だ。
そんな弱者たちがもし"働かざる者、食うべからず"を信念としたら、政治家の思う壺となる。それは弱者の自爆だ。

働かなくても生きることのできる時間の集大成が文化に外ならない。もし食うための時間しかなければ絵をえがく時間も無い。

"食うためのお金を呉れ"という福祉は、文化とは対極に位置するのだということを、弱者といえども知っておいた方が良い。

Okamoto Eizo
岡本英三

携帯メールと言葉

文字は元々感情をあらわす目的をもたない。だから携帯メールなどでは、それをおぎなうために絵文字がもちいられる。

メールの利用で、一気に文字の大衆化が始まったが、感情表現の不足に対する課題は残る。

表現の簡略化と文脈の理解との攻めぎあいの中から、文字使用による文明の高度化は加速する。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月22日金曜日

“豊かさ”とは

「私は趣味で貧乏をしている」と述べる者を疑わないのが豊かな社会だ。逆にいえば、貧乏が惨めを意味する社会は真に豊かだとは言えないだろう。

"蓼食う虫も好きずき"の言葉通り、各自の好きな生き方を決して笑ったり疑ったりしなくなった時こそ、精神的又は物質的に余裕があるといえる。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月21日木曜日

“生きる”とは

「私のようなろくでなしが、どうしてこんなにも長く、奇跡的に生かされ続けているのか」と自問するのが人間の本来の姿だ。そうすることにより初めて本当の感謝の気持が出る。
平均余命を認識するのはたぶん人間だけだろう。だからこそ「死んだら損だ」と感じる。
しかし自分の命を自分で作る者はいないから、死は損ではない。死んで元々なのである。

生まれるのが当たり前とか、生きているのが当たり前などのあらゆる"当たり前"を棄てることから真の思考は始まる。

Okamoto Eizo
岡本英三

若者と家賃

都会は家賃が高いので低所得の若者を中心に都会に住にくくなっているらしい。その現象に対し行政が家賃分を補助したらどうかと言う意見がある。

しかしこれはとんでもない誤りだ。家賃を受けとるのは家主だから、家賃の補助は不動産の持ち主が笑うだけだ。その結果「アパート経営はおいしい商売だ」と言うことになり、本来なら下がるべき家賃や不動産価格がいつまでも下がらないこととなる。

市場の原理は投資の失敗をも含む概念なのだから、補助などの余計な心配はしない方が良い。

Okamoto Eizo
岡本英三

2009年5月20日水曜日

“信じる”とは何か

信じるとは、それを信じた結果最悪の事態になったとしても構わないということだ。だから例えば「こんなことになるのなら信じなければ良かった」という現象は、敢えて表現するなら"半信半疑"と言うべきだ。
その点ペットは飼い主に何時殺されてもしかたがない生き方をしているから、飼い主を信じていると言ってよい。

Okamoto Eizo
岡本英三