現在カルタ取りは百人一首を元に行われている。百人一首は上の句が共通する物が多く、途中まで聞かなければカルタを取りに行けない点が、競技の妙味となっている。
しかしもしそういう点にこだわらなければ、古今和歌集を元に百枚ぐらい並べて競技するのも面白い。古今和歌集の一部が百人一首の歌に含められている。新古今和歌集でも事情が異ならない点は言うまでもない。
その他庶民性という点で万葉集を元にカルタを作っても良い。
古今和歌集にある千首程度をそらんじる人がたくさんいても決して不思議ではない。
2009年11月30日月曜日
2009年11月26日木曜日
2009年11月22日日曜日
実名投稿とインターネット
インターネットへの投稿や掲載は実名でなされるべきか、それとも匿名が良いかの議論がある。その鍵は行政がインターネット上で知り得た氏名を、公訴など行政処分等に利用しても良いのかどうかにかかっている。
民間人同士の場合、日本国民は行政の配下としてのマスコミによって「良民はこうあるべき」との指令が大なり小なり頭脳に刷り込まれているから、「あいつは変な奴だ」と罵ったところで、それは必ずしも客観性が担保されているとは言えない。
そもそも氏名は徴税を目的とした戸籍の管理のためにある。江戸時代を見ても分かるとおり、本来人間は名前について姓又は氏は必要無かった。他方民主主義下では、国民は常に行政を監視することを怠ってはならない。その点で言えば、世の中や個人を批判することは大切な公務だと言える。
例えば税金を滞納している国民も「税金が高すぎる」とか、又は「税金を廃止しろ」などと発言する権利はもちろんある。要するに実名で批判する時は税金の滞納という立場は思想性が高く、逆に言えばそれは不正義でも何でもない。
そういう場合にもし実名で投稿した人の氏名が行政手続きに利用され、そして処分されることが裁判で認められるとしたら、上記の「民間人同士の圧力」の点も含めて言えば、もはや日本国憲法の保障する表現又は発言の自由は蔑ろされたも同然だろう。
結局、インターネットからの情報のみで行政処分がなさたときは裁判で否定されるという社会の実態が無い限りは、批判等は匿名で行わざるを得ない事になる。
民間人同士の場合、日本国民は行政の配下としてのマスコミによって「良民はこうあるべき」との指令が大なり小なり頭脳に刷り込まれているから、「あいつは変な奴だ」と罵ったところで、それは必ずしも客観性が担保されているとは言えない。
そもそも氏名は徴税を目的とした戸籍の管理のためにある。江戸時代を見ても分かるとおり、本来人間は名前について姓又は氏は必要無かった。他方民主主義下では、国民は常に行政を監視することを怠ってはならない。その点で言えば、世の中や個人を批判することは大切な公務だと言える。
例えば税金を滞納している国民も「税金が高すぎる」とか、又は「税金を廃止しろ」などと発言する権利はもちろんある。要するに実名で批判する時は税金の滞納という立場は思想性が高く、逆に言えばそれは不正義でも何でもない。
そういう場合にもし実名で投稿した人の氏名が行政手続きに利用され、そして処分されることが裁判で認められるとしたら、上記の「民間人同士の圧力」の点も含めて言えば、もはや日本国憲法の保障する表現又は発言の自由は蔑ろされたも同然だろう。
結局、インターネットからの情報のみで行政処分がなさたときは裁判で否定されるという社会の実態が無い限りは、批判等は匿名で行わざるを得ない事になる。
2009年11月8日日曜日
太陽光発電
太陽光発電用のパネルは、例えば休耕田などの空き地を積極的に利用すると良い。パネルは各軒が一個ずつ屋根に設置するのが普通のやり方だろう。
しかし数軒ごとに資金を出し合って規模の大きなパネルを設置すれば電気利用の効率がよいし、土地の有効利用にもなる。そのときのパネルは必要に応じ移動できるようにしておくと、土地の有効活用という点でさらに効率が高まることは言うまでも無い。
しかし数軒ごとに資金を出し合って規模の大きなパネルを設置すれば電気利用の効率がよいし、土地の有効利用にもなる。そのときのパネルは必要に応じ移動できるようにしておくと、土地の有効活用という点でさらに効率が高まることは言うまでも無い。
2009年11月1日日曜日
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