2008年11月9日日曜日

保険料と貧乏人

医療費が高くなるほど保険の必要性もたかまる。
しかし保険料を滞納している時は、保険金は受けとれ無い。

保険金を受け取りたいために滞納分の一部を支払ったとしてもやはり保険金は受けとれ無い。

そういう一部支払いをした直後に病気になったとしたら、治療費を実費で用意しなければならないから、「しまった、保険料なんかはらうから、お金が足りなくなった」などの悲劇も起こりかねない。

このように、保険事業は貧乏人をますます貧乏にする側面を持っている。
その点保険には加入せず「大病したら、しぬのだ」と言う一発勝負の人生哲学も棄てたものではない。

Okamoto Eizo
岡本英三

新幹線の輸出

航空機の代替燃料は当分みつかりそうにない。
そしてリニアをふくむ新幹線は部分的に航空機の代わりを努めることもできる。

今後石油の供給に不安があるとすれば、日本は新幹線の売り込を徹底して進めるべきだろう。
最近ではトンネルを掘る速度も早くなったから、将来例えば"米国西海岸新幹線"とか、"シベリア新幹線"などが走るのも、決して夢では無い。


Okamoto Eizo
岡本英三

オバマ外交

もし今後の米国がこれまでの輸出品であった有価証券(金融商品)の輸出を減退させるとすれば、その分保護主義に至らざるを得なくなるだろう。
"攻め"がなければ"守り"に専念するしか無いからだ。

但しかつてのクリントン政権のように、IT(インフォメィション・テクノロズィ)などの新たな輸出品の創出に成功すれば話は別だ。

Okamoto Eizo
岡本英三

2008年11月8日土曜日

追悼筑紫哲也氏

風は各地の文化を代表する自然現象である。そのため「風物」「風景」「風土」という言葉がある。

風は各地の磁場でおこされる。各地の言語もまた、各地の磁場の影響を受けて生成される。

そういう意味で、言語を知らななければ真に各地の文化をしったことにはならないといえる
その言語の中にはアイヌ語などももちろんふくまれる。

少数意見を大切にするのが筑紫氏の眼目だが、そうした少数派としての言語を学ぶ姿勢があればなお理想的だったといえるだろう。

Okamoto Eizo
岡本英三

消費税の利点

得した者の反対側には必ず損した者が存在し、損した者の反対側には必ず得した者が存在する。

その時直接税に頼っていると、得した者の所得を捕捉するのが困難となる問題点がある。その結果一定の貨幣が循環しないまま寝むってしまう危険性がある。

この点消費税は優れている。なぜなら、得した者は大なり小なり消費することから、自動的に納税する結果となるからだ。そうして貨幣を公的部門と私的部門との間及び私的部門間で適切に循環させることができる。


Okamoto Eizo
岡本英三

2008年11月7日金曜日

流動と固定

安定の延長線上に固定がある。だから安定志向は固定志向の一種と言って良い。

競争社会は流動性の高い社会だから、安定志向の正反対に位置付けられる。
もし「大企業や大銀行はつぶさない」という不文律があるとすれば、そこでは固定を得る代わりに流動性を棄てていることになる。

その時もし政府が法人からの税収に依存する割合が高ければ「大銀行や大企業は政府としてもつぶせない」という不文律を忠実に実行しなければならなくなる。
そういうことの繰り返しの先には、己得権益ばかりが横行する身分制が待ち受けているといえるだろう。

Okamoto Eizo
岡本英三

2008年11月6日木曜日

田母神論文再び

国会などの日本の統治機関が、各個の公務員についてその思想を逐一問題視するとなれば、最後には公務員の採用の際してもその思想を検査しなければ整合性が取れなくなる。


Okamoto Eizo
岡本英三

2008年11月3日月曜日

年金廃止論

若い間にお金を使うことと若者にお金を使ってもらうことは同じ意味だ。

年金の受給年齢までの命を保障されているわけではないのに生活を保障してもらっても仕方ない。

年をとって振り込め詐欺の被害にあうくらいならば、年金保険料など支払わないで、お金は若い間につかうほうが賢明だろう。

Okamoto Eizo
岡本英三

2008年11月1日土曜日

緊急経済対策

麻生内閣の経済対策で、信用保証枠の拡大が案としてしめされた。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず」。銀行家はリスクをとらないで投資を成功させることは出来ない。

元々低金利という"ぬるま湯"につかっていた上に、今度は信用保証枠の拡大という"補助輪"まで付けてもらって投資や融資にうごく日本の銀行は、国民から相当馬鹿にされていることを自覚したほうが良い。

Okamoto Eizo
岡本英三

田母神論文

自衛官といえども思想の自由は保障される。問題は論文を公表することが表現の自由に該当するかどうかだ。表現の自由の場合は他の人権とぶつかりあう可能性があるからだ。

この点行政官として国民に対し不平等な扱いをするのでない限り責任はないと言うべきだろう。

論文の公表が不平等に当たらないとすれば、それがいかなる思想の表明であるとしても、問題視するにはおよばない。

Okamoto Eizo
岡本英三