2010年5月5日水曜日

干支と旧暦

日干支と旧暦(太陽太陰暦)は次のような関係にある。

【太陽太陰暦】
一年=365.25日(四分暦、ユリウス暦と仕組みは同じ)
置閏法=十九年七置閏法(19年間で7回閏月を置く。閏月は30日)
●計算例:
19年=365.25×19=6939.75日
閏月7回=19×12+7=235月
一月平均=6939.75÷235≒29.53085日

【日干支】
日干支は1日ごとに甲子(きのえね)から癸亥(みずのとい)までの60種類の干支を割り当てて、経過日数などを計量した。日干支は60日周期となる。

【両者の関係(1159年間)】
19年を61回繰り返すと1159年となる。これは十九年七置閏法によると14335月となる。
●計算法:
1159年×365.25日=423324.75日、235月×61回=14335月
日干支が7056回で、1159年となる。
●計算法:
60日×7056回=423360日=14336月

【結論】
1.日干支の観点からは、1159年間は14336ヶ月であるのに対し、
2.太陽太陰暦の観点からは、1159年間は14335ヶ月となる。
したがって、日干支が7056回循環するごとに一回、本来置くべき閏月を置かないことにすれば、日干支と太陽太陰暦は永久的に合致する。

2010年5月4日火曜日

2010年5月2日日曜日

JR西日本の企業体質

JR福知山線での列車事故で100人を超える犠牲者が出てから5年の歳月が過ぎた。この事故によりJRの企業体質が浮き彫りとなった。すなわち危うく最小限の幹部しか刑事責任を追及されない事態に至るところだった。
無能な社員がいる会社では、当たり前だが過ぎたる役職を与えられると、その役職を与えてくれた人たちに感謝することになる。一見すると、その出世した社員は律儀に見える。しかしそれが対外的には仇となる。

今回の事故は、列車自動停止装置など、最新の機器を備えていなかったことが大きな原因とされている。社員の中にはその危険性を知っていた者もいたはずだ。それにも関わらず機器の設置が進まなかったのは、部下が上司に苦言を呈したり、或いは注意喚起するなどが出来ていなかったことを指摘しなければならない。腐った企業とは皆こういう風通しの悪さにより、正しい意見が述べられないか、又は述べたとしても採用されない仕組みを持っている。

なぜ上司に苦言を呈したり、或いは上司の意見に反対する部下がいないのかというと、それは自分を昇進させてくれた者への感謝の気持ちが強すぎるからである。その結果「自分の代で会社を潰しては先輩たちに申し訳ない」と思う余り、顧客など、社外の者に対する配慮が後回しとなる。
なぜ自分を出世させてくれた者に対する感謝の気持ちが何よりも優先するかといえば、それはその者が、己の能力に過ぎた役職を与えられたと思っているからにほかならない。だからこそ社内の人のことばかりに気を取られ、会議などで正義の発言も出来なくなる。
結局、無能な社員は役職や出世などの権力ばかりに目を奪われ、社長など、自分を引き上げてくれた者への感謝で頭がいっぱいになるから、お客のことは二の次となる。無能な社員が無益な会社を作る仕組みがここにある。

このような事故を起こせば、本来ならばJR西日本は倒産しなければならない。しかし行政は過保護だから、業務停止命令すら発することはなかった。このような甘い状況では無能な社員が再生産されることはあるとしても、有能な社員が増加することは無いだろう。

2010年4月29日木曜日

投票率の向上に向けて

今の日本で、選挙において高齢者の投票率が高いのに比べ、若者の投票率が低いと噂されている。この大きな原因として、「どうせ投票しても、若者の意見は政治に反映されないだろう」とのあきらめムードがあることは否定できないだろう。そういう若者の投票率を上げるためには、議員定数の中で、若者枠など、年齢ごとに議席を割り振る方法がある。例えば20代の枠や80代の枠など。
その際の議席数は有権者の年齢構成などを参考に決める。

このようにすれば、若者の中からも一定数の当選者が出る。そして従来に比べ若者の選挙や政治に関する関心が高まるから、投票率が上がることが期待できる。

「改革は若者の特権である」とまでは一概に言えない。しかしある選挙制度が仮に”事実上”若者を締め出しているとしたら、当選者、すなわち議員の平均年齢が偏る結果、改革は何時までも進行しないという結末にもなりかねない。
議員は決して職業ではないし、また職業とすべきではない。そういう意味で、国民や市民の代表は多様な人材を選ばなくてはならない。選挙にお金がかかるなど、前提条件が多ければ多いほど、実際上当選者の人材にどうしても偏りが出る。その点、せめて年齢についてだけでも”枠”を設けることが肝要となる。

2010年4月20日火曜日

合言葉は”18歳で第1子を”

【社民党のアホ】
社民党の発想からすれば、「女性は子どもを産む機械」などの言葉を聞けばきっと腹を立てるだろう。しかし少子化を問題視する限り”産めよ増やせよ”を実践しなければならない。そういう意味で、社民党の党首が少子化担当大臣を担当しているのは矛盾もはなはだしく、チャンチャラ可笑しい。

【18歳で第1子を】
女性は満14歳くらいになると子どもを産めるようになる。しかし現在は晩婚化が進行した結果、子どもを産めるようになってから約15年間程度、初産を待つ期間がある。少子化対策としては、この期間は実にもったいない時間だ。
遺伝子的に言っても、若い間に産んだ子は、年を取ってから産む場合に比べ優秀な子が生まれるらしい。
これらを総合すると、18歳くらいになれば子どもを産めるようになる環境作りが、政策として重要となる。

【社民党のアホ、再び】
社民党はこれまで”女性の自立”を標榜してきた経緯がある。それには多分経済的自立という概念も含まれるだろう。そうだとすれば、女性の高学歴化を推奨することになる。なぜなら高学歴と高収入とは相互に関連性があるからだ。
学生である間は子どもを育てるための収入は得にくいのが現実だから、高学歴化は即ち晩婚化と断定してよい。
結局、女性が自立すればするほど少子化は進むということができる。
もちろん女性の自立を主張する以上、母子家庭に対し助成する政策を取ることはできない。国などにお金を貰わなければ生きられないとすれば、その人が自立している言えないからである。

【女子大を廃止せよ】
現在の日本で、大学生は男子よりも女子のほうが多い。女性の自立に向けては、大学生は女子が多いほど良い。
しかし高学歴の女性は、単に履修期間だけ出産が遅れる可能性が出るだけではなく、結婚や同棲について言うならば、相手の男性を選り好みする傾向がある。
それらを総合して考えると、女子大の存在は少子化対策の邪魔となる。「18歳で第1子を」という目標に向けては、女性の大学進学は、これを抑制するのが妥当との結論にならざるを得ない。

2010年4月15日木曜日

2010年4月4日日曜日

倒木

大木の倒木、呉市灰が峰にて。
岡本英三
Okamoto Eizo

2010年3月20日土曜日

楽は苦なり、苦は楽なり

介護を受けている老人を見て、あれは楽をしていると考える人は少数派だろう。だとすれば介護を受けるような人生はむしろ悲惨だと見なければならない。
私の知り合いの中には、85歳で亡くなりながら、死ぬ瞬間まで頭脳面も含め元気で、現役だった人がいる。このように、何歳まで生きるかよりも死ぬまで元気かどうかが人生では大切だと言うべきだ。

この際介護を要する人たちの経歴について、統計などでその特徴を探ると良い。直感的には介護を受けなければならない人たちは、サラリーマンとしての生活をしてきた人たちが多いのではないか。なぜならサラリーマンは言いたいことも言えないまま、我慢の生活を強いられてきた人が多いと想像できるからだ。その憤懣又はストレスが、本来ならば”安楽”であるはずの老後に発散される。それが各種の障害や痴呆となって一気に表面化するのだろう。
さらには、その人たちの老後が”おまえたちはもう何もしなくて良いのだよ”という、国家的に言えば”安楽”と定義されることが、却って苦しみとなっている事実を知らなければならない。そういう意味では正しく、”楽は苦なり”の状況を呈していると言える。

明治以降の富国強兵策の延長線として、戦後軍隊式とも言える年功序列及び終身雇用を続けてきた日本だが、そういう年齢による一律化又は画一化的手法が、”お役御免”のお年寄りを大量に生み出した面があることは否定できないだろう。
それまで我慢に我慢を重ねてきたサラリーマン的な人々としては、老後に「今度は私たちが人に甘える番だ」と言わんばかりに、痴呆などの各種の症状を見せるのである。そういう人たちはむしろ逆に世の中から必要とされているということで、最後までお役に立ってもらうという制度が必要だろう。

楽に慣れていない人たちにいきなり楽を押し付けても、消化不良を起こすだけだ。