2011年5月11日水曜日

弱者と初心者

初心者は未知の事柄に対し極度に恐れるか、又は不審を持つ傾向がある。そして既知の事柄に対し極度に侮るか、又は信じすぎたりする。子供がその典型だ。
お年よりは人生経験があるから、決して初心者ではない。だから子供と比較しても、既知の事柄を侮る傾向は薄れる。
しかし未知の事柄に関心を失ったり、あるいはそれを容易に信じなかったりする点で、初心者的傾向は残る。
これらの幼児や老人をまとめて、「弱者」と定義することもできる。

その逆の「強者」は、初めての事柄や初めての人を、極度に恐れたり不審に思ったりしない。それは知識の豊富さに裏付けられた、自己の防衛力に対する信頼が根拠となっている。そういう精神的な余裕が、他方で既知の事柄や人を極度に蔑んだりしないという、敬愛の態度をもたらす。

2011年5月8日日曜日

初夏と団扇

今日は気温が高く、今年初めて団扇を使った。
岡本英三
Okamoto Eizo

2011年5月7日土曜日

日本の貨幣



日本の貨幣 (JAPANESE COIN)



十円 10 Yen
重さ 約4.5グラム≒6/5匁=6/5×五円 =5 Yen
金の密度≒19.32 g/cm3
銀の密度≒10.49 g/cm3
銅の密度≒8.96 g/cm3
鉄の密度≒7.86 g/cm3
水の密度≒0.999973 g/cm3 (3.98℃)










    【メートル法】




  • 中国秦時代の一斤(旧斤)=13金=24銀=28銅=32鉄=水九立方寸≒251 g


  • 一銭=1/60旧斤≒4.18 g、 大一両=小三両=十銭≒41.8 g


  • 唐目: 一斤=百六十銭、唐(新)斤=160/180旧斤≒223.1 g、唐銭=1/60新斤≒3.72 g(一匁)


  • 立方寸(後漢)=水一小両=10/3唐銭≒12.4 cm3、一石=1620立方寸(規定)≒20,088 cm3


  • 新一升=旧九升=1/100石×9



 【Troy Weight】


1 pound(lb.t.) = 100 匁(monme) = 30 立方寸(sun3=water)


1 斤(kin) = 60 匁(monme) = 3/5 pound(lb.t.)


1 升(shou) = 16 立方寸(sun3) = 8/15 pound(lb.t.=water)

2011年5月6日金曜日

東京電力と電力自由化

東日本大震災で放射能が漏れるなど、東京電力㈱の不祥事かあきらかとなりつつある。その際、東京電力が罰として一番恐れるのは、電力の自由化だろう。
これまでは例えば関東地方の電力供給を担当するなど、各電力会社には地域を区切って独占事業を許してきた。しかし今回のように原子力発電所が停止することになれば、その地域は節電を強いられるなどの不便がある。そういう不都合を避けるためには、例えば東京の住民が北海道電力の電気を買うことができるなど、電力の自由化が不可欠だ。
旧い設備をいつまでも使い続けるという、安全軽視かつ利益第一主義で通してきた結果今回の原発事故が起きたのだから、今後も引き続き東京電力のみに東京などの大都市圏の電力供給を任せなければならない、積極的な理由は見出せない。

2011年5月3日火曜日

年代別議席案(再掲)

地方議会を手始めに、年代別に議席を割り振ると良い。つまり有権者の年代構成に応じる形で、80代には五議席とか、20代には八議席など、あらかじめ議員の議席数を確保しておく。もしその年代の立候補者数が議席数に満たないときはそのまま欠員とする。

従来は選挙にお金がかかるなどの諸要因により、立候補者又は当選者は、どうしてもその資金を用意できるものに偏っていた。そしてその年代は中高年で占められる現実がある。しかし議員が職責の対象とする自治体職員には、そういった年齢又は年代別の偏りは無い。こういう不都合をなくすためには、ある程度の強制力が必要である。その一環として年代別に議席を用意すると良い。

こうすることにより、「立派な政策案は持っているが、資金などが無いために立候補できないか、又は現実には当選しない」という理由で政治家を志すことをあきらめていた人、例えば若者でも、従来に比べれば競争率が低下するから、当選しやすくなる。そして議員の年齢構成の偏りも是正することができる。

議員は国民全体を幅広く代表しなければならないから、事情はどうあれ、現実に年齢構成に偏りがあることは異常と考えなければならない。こうして国民の平均的な姿勢や意見を集約してこそ、日本国憲法が想定する民主主義は実現できるのである。

駄目な政治家は駄目な有権者が作る(憲法記念日)

愛想ばかりが優先し、その半面で有力な政策を持たない政治家が、駄目政治家の代表だと言えるだろう。そうした駄目政治家は、実は有権者が作っている。

政治家は得票数が少なければ当選しない。その得票のために、立候補者は選挙の前後を通じて、お世話になった者などへのあいさつ回りやお礼の電話をかけることを欠かすことができない。なぜならその候補者に一票を投じた有権者が、もし挨拶が無ければ納得しないからである。しかしそのようなあいさつ回りや電話をかけることには、当たり前だが費用がかかる結局、そういう費用をかけられる者、言い換えるなら資金を持つものしか当選しにくいという現実が、選挙には少なからずある。

このようにして、「選挙にはとかくお金がかかる」という悲劇が形成されてゆく。極端な場合、「政策は二の次で、挨拶などの愛想が良いかどうかが、選択の基準だ」と嘯く有権者も、決して少なくないはずだ。このような中、立候補者は当選後に、様々な手段によってその要した費用を回収しようとする。その手段の中に利権、すなちわ特定の有権者のために利益誘導することによって、金銭の対価を得るという行動がある。

これらをまとめると、貴族や豪族あるいは名士など、有力な有権者であればあるほど面子が強いから、立候補者に挨拶又は愛想を求めるようになる。そして当選後に立候補者が、その有力有権者の利便を図る。そのような貴族による、貴族のための政治がまかり通る結果となる。

有権者が「政策に感心して、その候補者に投票したのだから、別に挨拶など来なくても構わない」という意識を持たなければ、お金のかかる選挙は永遠に繰り返される。そして浮動票など、有力でない有権者に「どうせ、誰が当選しても変わらない」と感じさせることになる。
それだけではなく、下手をすると、「政治家としての政策案、つまり資質は無いのに、愛想だけは一流だから連続当選する」という、理想とはかけ離れた政治家を再生産する現実をも生みかねない。

歴史と伝統には誇るべき一面がある。しかし他方で、歴史と伝統は貴族政治を生む素地があるという欠点も、充分に認識しなければならない。日本国憲法に言う「民主主義」とは、極論すれば非貴族もしくは貧困層中心主義のことなのである。政治家は名も無き貧困層の家僕であるべきで、決して名士の家僕であってはならない。表面的には投資家や資産家の僚友を装うとしても、その本質は、如何にして投資を道徳的な経営者(商人)の育成に役立たせるかに苦心するようでなければならない。

2011年5月2日月曜日

銀行店舗営業規制案

元来、規制の強化には反対の立場だ。
しかし銀行、保険、証券などが百万都市を含む目抜き通り(メイン・ストリート)の建物の一階で堂々と営業している姿には、違和感を感じると同時に目を覆わざるを得ない。

銀行、保険、証券などの金融業は、本来恥ずかしい業態である。だから立地条件の良い場所については、むしろ商店などの金融業以外の店舗に譲るのが理想であると同時に原則的であるべきだろう。
しかし目下、目抜き通りのビルの一階は銀行などで占められていて、その分例えば洋服のお店などが開店できない現状がある。これは放置していては改まることは無いだろう。

そこで、法律にお出まし頂かなければならない。すなわち金融業については、これをビルの二階以上でなければ開設できないこととする。そうすることにより、金融業以外の店舗を一階に開店し易くなるから、街も活気付くに違いない。そして「ウィンドウ・ショッピング」という言葉も現実味を増す。

これまでのように金融業が建物の一階で営業しているその景観は、単に街の活気を奪うだけではなく、殺風景であり、なおかつ美的感覚からも見苦しいというべきだろう。

2011年4月29日金曜日

2011年4月21日木曜日

片山虎之助氏



参議院議員で政党「たちあがれ日本」参議院幹事長の片山虎之助氏が、呉市議会議員選挙の関係で広島県呉市にやってきた。