2012年2月12日日曜日

飲食店の苦境と交通手段

いま全国で、飲食店の経営が苦境にあえいでいる。それもこれも、飲食店に至る交通手段が無い点が大きく影響している。

道路交通法など、かつては飲酒運転に対する処罰が緩かったから、中には自家用車で飲食店に至り、そして飲酒する顧客も存在した。しかし飲酒運転に対する罰則が強化されて以降は、客足が遠のいた。

この交通事故防止と飲食店の経営改善及び消費活性化のためには、飲食店から自宅に至るまでの有効な交通手段を確保する必要がある。その点基本となるのが運転代行業務だ。ただし運転手の賃金を確保する観点で言えば、現状では運転代行の運送料を安くするのには限界がある。つまり"足代"が高いから、その分だけ飲食店における消費量は減る

各地地元の飲食店、とりわけ公共交通機関に恵まれない、地方における飲食店の経営を楽にしたり、あるいは酒蔵の経営などを楽にさせるためには、飲酒量と交通事故防止のバランスを取らなければなならない。そのためには、運転代行などの交通手段での、コスト削減が鍵となる。

その改善策としては、例えば飲食店の集まる地区に、八人乗り程度のタクシーが定期的に巡回するための停留所を設置することを認めるなどの手法がある。こうすることにより、飲食店の顧客の立場で、定時に巡回するタクシーを待つことで、無事に帰宅することを予想できるから、安心して飲酒することができる。こうして定期客が見込めれば、運送業者としても経営が楽になる。

その他に、第二種自動車運転免許の取得者を一種の技術者とみなし、外国人労働者を運転手として雇うことも良い方法だ。そのため入国管理法などを改正する。

このようにして、飲酒者を運送するための運送業の経営を楽にすれば、帰宅手段が゜確保されるから、多くの人々が飲食店を訪れるようになる。これが、地方における消費を活性化させる有効手段となる。

その他に、お米の消費量拡大の観点からも、国民の飲酒量を復活させることには大きな期待感があることは言うまでもない。

2012年1月9日月曜日

貧者の敵、社民党

昨年3月に発生した、東京電力福島第一発電所の放射線事故を受けて、社民党は原子力発電所の全面廃止を主張し続けている。しかしその一方で電気料金を値上げしなくても済むための代替案など、方策は示していない。つまり社民党の主張に従うと、電力の需給関係が均衡を失うことから、電気料金は値上げせざるを得ない。

現代生活において、低所得者や貧者にとっても、電灯など、電気は最低限の文化生活のため必須であるといえる。もし電気料金が値上がりしたら貧者の生活を圧迫することになる。そういう諸費用の高騰は、他の商品に対する消費を減らす効果があることは言うまでもない。

すなわち電気料金の値上がりは、消費低迷を加速させる効果がある。そうなると企業収益が減退する結果、雇用が減らせれる危険性がある。

電気料金の値上げへの対策としては生活保護などの給付の拡充で対処しようとの考えもあるだろう。しかし公的給付は給付される者の所得水準によって線引される実態がある。そういう中では、ぎりぎりの所で給付から漏れた家庭を救うことはできないまま放置される。そしてそういう家庭でも電気料金の値上げによって、他の消費が抑制されるという傾向には変わりない。

事故による被害を受けて「原発反対」を叫ぶのは容易いし、格好良い。しかし発電需要に対する代替案を示さなければ、貧者に対する政治責任を果たしているとは言えないだろう。すなわち現下での原発反対は貧者を追い込む主張と断言できる。

もし原油価格の高騰ならば、自動車での外出を控えたり、あるいは石油ストーブを電気ストーブに変えるなどの対応が出来から、貧者に対する影響は部分的にとどまる。しかし電気料金の値上げは、ほぼすべての家庭の、すべての生活を直撃するのだということを、夢夢忘れるべきでは無いだろう。

2012年1月5日木曜日

公務員の給与は、一部現物給付とせよ

【公務員とインフレ】 公務員はインフレ恐怖症に罹患しているといえる。なぜなら給与を貨幣で受け取っている限り、インフレによって多大な損失を受けるからである。すなわちインフレとは貨幣価値の下落を意味する。
政府全体としても、税を貨幣で徴収し、予算を貨幣で執行する限り、インフレ恐怖症的な性向があることは否定できない。逆に言えば貨幣価値の上昇を意味するデフレは、政府にとって歓迎すべきことだ。なぜなら貨幣価値が高ければ、同額の予算で多くの人々を働かせたり、多くの物資を調達できるからである。
【蓄銭叙位令】 奈良時代に蓄銭叙位令(ちくせんじょいれい)といって、貨幣の普及促進策が取られた。それはどうしてかというと、「こんな、煮ても焼いても食えないような銅銭を受け取ったからといって、大切な物資を手渡すわけにはいかない」ということで、国民が貨幣を手にすることを嫌ったからである。それで「貨幣を一定数保持したものには、公務員の位を上げる」との政令を出すことにより、いわば貯金を奨励した。それでも貨幣の普及が十分ではなかったため、江戸時代まで公務員、すなわち武士の給与お米で支給されていた。
このことからも、貨幣価値は自然発生的又は天賦のものではなく、人工的又は意図的な産物であることがよくわかる。逆に言えば貨幣価値の上下、言い換えればインフレやデフレは政策によって起こすことが出来る。
【不景気とデフレ】 貨幣価値が高いと、人々は貨幣を保持しようとする余り、消費を控えるようになる。その結果不況が懸念される。こうしたデフレ不況を打開するためには、インフレへの目標を設定しなければならない。「物価は将来必ず値上がりする」という意識が、人々を消費に向かわせるからである。
そういうインフレ・ターゲット政策を実施する上で、公務員及び年金生活者のインフレ恐怖症が邪魔となることは言うまでもない。つまり公務員が貨幣によって給与を得ている限り、インフレ目標は反対論にさらされる。ちなみに年金保険料を負担したり、年金を受給することは公務の一種である。

2012年1月4日水曜日

優しい経営者と経営の失敗

社員などの内部関係者と、取引先や顧客などの外部関係者の利害を一致させるのが名経営者と言うべきだろう。
しかし内部関係者と外部関係者との利害関係が対立することもある。その時どう決断するかで、経営者の資質が問われる。もちろん外部関係者のためには内部関係者を切り捨ててこそ、名経営者と言える。
この点社員の生活を慮るなど、優しい心根の持ち主はしばしば経営に失敗するから注意が必要だ。”泣いて馬謖を斬る”などの古代からの教訓を連想するまでもなく、顧客のためにこそ企業は存在するという大義のためには、これと対向する内部関係者を切り捨てることを躊躇してはならない。
こういう諸点で、会社経営者は国民のためにはたとえ外国を欺いても是とされる政治家とは立場が対照的だ。

2011年10月27日木曜日

創業と日本経済

中国を含め、諸外国では例えば男が二人集まれば、「商売でもするか」という話になる。そして友達の友達はみんな友達だ、ということで、各種の専門家がすぐに集まる。商売を志望し、お勤めを辞めたくてうずうずしている人が多いから、出資金も集めやすい。

それに比べれば日本は実に官僚的だ。日本では創業といえば、まず政策金融公庫などの金融機関から資金を借り入れることから始まる。逆に言えば仲間同士が出資しあって、自己資金で経営を始めるというスタイルにはならない。

ただしその際でも、日本経済が決して極端に創業に適していないわけではなく、やれば出来るにも関わらず、出資金を拠出する者は少ないのが現状だ。これは例えば徳川幕藩体制など、若者が創業することに対し抑圧する制度が長年続いたこととによる国民性と無関係ではないだろう。

いまネット上では「異業種交流会」などの開催が告知されている。ただしこれでは名刺交換は出来たとしても、創業に向けての印象が弱い。そこで今後は例えば「創業志望者の会」などの名称で、お互い出資金を募ることを目的に開催することが必要だろう。

お年寄りが「オレオレ詐欺」などで多額の現金を持ち去られるくらいなら、そういう余剰資金はリスクを取って創業希望者に対し直接投資されるのが、新たな職場作りの観点からみても、いまの日本経済にとって必要不可欠だといえる。

2011年9月29日木曜日

国際観光と求職者支援制度

 

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/kyushokusha_shien/index.html

今回厚生労働相が、「求職者支援制度」と称して、各種の職業訓練に対し、訓練校への給付金制度を始める。現状ではここでの職業訓練はIT関連と介護職関連が柱となっている。

それらに加え、国際観光の振興を目指し、ガイドの養成を急ぐと良い。諸外国からの観光客数は今後著しい伸びが期待できるところ、日本の歴史とか食文化について詳しくせつ明できる人材は必ずしも十分だとは言えない。そのためのガイドを養成し、観光客が「なるほど」とうなづくような深い理解を得させることにより、再来者(リピーター)は確実に増える公算がある。ところが旧来は実質的にそれらの役割はボランティアに頼っていた現状があった。

今後は地元の観光資源についてヨモヤマ話などを提供するなどにより、かえって地元への愛着とか、地元の良さを見直すきっかけともなる。そういう専業的なガイドは各自治体の職員として雇うのが望ましい。

ガイドは日本語で良い。なぜなら今後様々な国や地域から来日すると見込まれるところ、例えば英語のような、ある特定の言語をガイドとして押し付けるような真似は、慎むべきだからである。ただしガイドが個々的に来客の言語について対応する分には問題ない。

日本の公務員は公益法人を作って予算を取るのが上手い。そういう特性を生かし、例えば主な観光地にはインフォメーションのブース(詰所)を設置してガイドを待機させたり、或いはパンフレットを置くなど、日本全国で統一的規格で

施設運営を心がければ、観光立国としての収入も十全となる。このようなことはフランスでは通常に行われていて、観光客への地域案内の窓口として活用されている。

2011年9月11日日曜日

"求職情報サイト"構築案

いまハローワークなど求人情報を見ることの出来る制度が運用されている。そこでは仕事を求める人達が集まり、人を募集している企業への面接に向け、該当する求人を探している。

しかしこのやり方だと、最終的に雇う人は一名だとしても、多くの労働者を面接のために集める結果、多くの労働者が面接で落とされるなど、無駄な面接を繰り返すことになる。そして面接のために割いた時間や面接場所までの交通費など、面接の数が多くなると決してバカにならない膨大なものとなる。それはすべて労働者の負担となる。

こういう悪弊を無くすためには、仕事を求める労働者が、ハローワークや又は自宅からウェブサイトに登録し、そして企業から面接希望があるのを待つという仕組みも必要だ。つまり企業の側が必要とする人材を、ウエブ上の労働者一覧表などから選ぶわけだ。

そうすることにより、少なくとも労働者からの一方通行だけに比べれば、雇用のミス・マッチを少なくさせることが期待できる。労働者にとっては、面接を受ける段階で、かなりの確率で雇われるという確信をもつことができる、言い換えれば企業からある程度気に入られているから、「この面接は無駄になりはしないか」との恐れに過敏にならなくても済む。うまく運用すれば、「面接は最終チェックに過ぎない」というように、面接を儀式化させることさえ、可能だ。

この際労働関係諸法を改正して、雇用契約は漸次廃止し、すべての労働を委任又は請負契約に集約することが望ましい。そうすることで、各労働者は一種の事業者となるから、ウエブ・サイト上で自らの職能をア・ピールさせることが法制度上可能となる。

2011年9月9日金曜日

自然災害と船の代わりとなる自動車の開発

最近大津波や集中豪雨など、日本の各地で水に関する災害が多発している。その際最も大切な事は言うまでもなく人命を救うことだ。

本来なら、津波や洪水の危険性がある地域については、住民各自が救命胴衣を準備したり、或いは各家庭でゴムボートを備えるなどして、大水でも浮いていられるようにするのが理想だろう。そのような備えがあれば、何割かの人は命を落とさずに済む。

このことに加え、絶対に沈まない自動車の開発が急がれる。その際白鳥型の"スワン・ボート"のように、ペダルを漕ぐことによって、人力で移動できることが望ましい。年老いた者など、急な津波や洪水に対し逃げるのが間に合わない住民も多い。そんな中、いざというとき船の代わりを務めるような、沈まない自動車があれば、たとえ逃げ足の遅いお年寄りでも、しばらくは自動車の中で水に浮いていられるから、その時間稼ぎと発見のされやすさの点からみて、生存率は格段に上がることが期待できる。

2011年8月17日水曜日

年金保険法と憲法違反(再掲)

日本国憲法第十三条は、「(前略)生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めている。そして生命追求のなかには、「自分は何歳くらいまで生きるつもりだ」という人生設計も含まれると、通常は解釈される。
そういう中では、「六十五歳までもし生きたならば、その人には年金を支給する」との主旨の年金保険制度は、憲法違反である可能性が高い。なぜならその六十五歳までに保険料を徴収しているからである。

それまでの人生でせっかく保険料を納付したとしても、給付年齢の六十五歳までの寿命を国が保障していない以上、納付と給付の関係で損益がどうなるかは「運任せ」となる。
しかもこの世には持病を持つなどで、「私は六十五歳まで生きられそうにない」と感じている国民も少なくないはずだ。そういう人を含め、保険料だけは事前に強制徴収される。

わかりやすい話、年金の支給開始年齢を満八十歳と規定したら、「その年まで生きられそうにないから、保険料を収めるのが馬鹿らしい」と感じる人が増えるに違いない。こうしてみると、年齢によって法を規定することが如何に不平等かがよく分かる。現行の「満六十五歳から年金を支給する」という65という数値は、お役所の立場で果たして何歳にすれば、国民をごまかして、保険料を事前に支払わせることができるかや、どうやったら給付額は最少化出来るかの結節点として決まったと考えて良い。

いくら日本国憲法第十三条が「公共の福祉に反しない限り」との条件を付しているとしても、人生設計という個人の幸福追求権を超えてまで、保険料を事前に強制徴収することは各国民の持つ思想の上の理由だけではなく、損をさせる危険性がある点からも赦されないと言わなければならない。

2011年8月9日火曜日

遺伝子組み換え食品と世界経済

最近受けた講義によると、植物生理学の分野では遺伝子組換え食品の流通を促進している気配が感じられる。そして遺伝子組換え食品の栽培は、特に発展途上国で積極的らしい。

その要因としては、発展途上国は農作物の輸出が稼ぎの大半を占めるという実情がある。つまり遺伝子組み換えにより、農作物の生産性が飛躍的に向上する結果、単位面積当たりの農作物が増え、ひいては発展途上諸国の経済を潤すというのである。

石油などの天然資源とは異なり、人間は栽培を発明することにより農業を発展させてきた。そして過去の政争は食糧の奪い合いが大きな原因であり続けた。そういった事態をみれば、農産物の生産性向上は、戦争や政争を防止する上でも役立つと言える。

リスク管理の実際は、決してリスクをゼロ化することではなく、リスクなどの不利益点と利益点とを比較衡量するすることにあると仮定すれば、遺伝子組換え食品を利用することにより減ると予想される政争と、遺伝子組換え食品による健康被害とを比較して、もし前者の利点が大きいならば、第二農業革命としての遺伝子組換えの研究は、促進されるべきだと言えるだろう。