2012年5月22日火曜日

明治維新とは何か

 今政界やマスコミ界で、大阪維新の会が話題となっている。ここで「維新」という言葉は、おそらく明治維新を意識しているのだろう。そこで維新の政体はいかなるものであったのかが問題となる。

明治維新は天皇を中心とした政体であると、表面的には捉えられている。しかし実際は、徳川幕藩体制とは似ても似つかない別物だった。すなわち明治維新は、官僚中心主義とも言うべき中央集権国家体制だという点に特徴がある。それは中世ヨーロッパ以来のカトリックの系譜に属する。

そのため明治政府では、徳川幕藩体制下における士農工商、すなわち公家を身分の蚊帳の外に置く体制を維持しながら、庶民層からの登竜門としての官僚制を築くところに、統治の根幹があった。その点で、公家支配を旨とする旧貴族社会に比べれば、庶民化というか、部分的に民主化したといえる。つまり名も無き庶民として生まれたとしても、官僚試験に合格するなど、一定の条件が整えば、社会の上層に上がることが出来る。それだけではなく天皇を御旗にして、国の実質的支配権をも手にすることができる。

こういう体制に真っ向から立ち向かったのが、西欧におけるプロテスタント、言い換えれば宗教改革なのである。宗教改革は、主に北方のゲルマン文化圏の人たちが、「商人こそ第一」との名目の下、官僚支配に対抗した。つまりオランダやイギリスなどのプロテスタント勢力は、庶民階層が上昇する登竜門として、事業の成功を用意したのである。そこではビジネスマンが尊敬される。

以上のように、カトリックは晴耕雨読又は清貧に基づく修道士もしくは官僚、ようするに精神性を階層の上位に置くのに対し、プロテスタント、言い換えればゲルマン式キリスト教は商人や生産者、要するに物質性を階層の上位に置くなど、相互に対照的な思想を持つ。カトリックによるカウンター・リフォメーション(反宗教改革)の延長線上に、明治維新はある。

大阪維新の会は維新という文字を用いているから、きっと中央集権体制維持を志向しているのだろう。しかしその際は、地方分権と相反するだけではなく、ビジネスマン中心主義とも乖離することを、予め理解する必要がある。

【格言】 「維新」という言葉を用いた瞬間から、物質主義を捨て、精神主義へと傾注することを意味する。

【結論】 維新体制では、たとえ貧しくても学術に優れたものが尊敬される。その逆にプロテスタントでは、たとえ学問は無くとも、事業家として成功すれば尊敬される。