Okamoto Eizo
岡本英三
2009年6月13日土曜日
2009年6月12日金曜日
商人と原罪意識
顧客に原価を告げて取引きする商人は皆無だから、商人は顧客を半分だましていることになる。各商人がこういう罪の意識を持って初めて、寄付の文化はうまれる。
寄付による金銭の循環が少ないときは、貨幣は政府を経由する割合が増える。その結果公務員が歓喜し、役人天国はいつまでも続く。
Okamoto Eizo
岡本英三
“夢のような”夢
北朝鮮から日本へ帰着する瞬間の豪華客船に乗る夢を見た。客船は日本の島々や段がいに建つ寺院風景が展開するなか、急旋回しながら桟橋に着こうとしていた。
午前八時半に再び北朝鮮へ向け出航と言うことで、食べかけだったお弁当を食べ始めた。
午前八時半に再び北朝鮮へ向け出航と言うことで、食べかけだったお弁当を食べ始めた。
そのお弁当の中に多くの毛髪が混っていた。それでその食堂の二人のおばちゃんと食品衛生について話した。お弁当のラベルには岡山市の業者の名が記されていた。
隣の席に二十代の、黒いベレー帽に黒い服の女性客がいて、そのお弁当の残りを試食した。
すでに他に客はなく、私は「早く降りよう」などと声をかけた。
美しい女性で、おばちゃん達が「あの男性と結婚すれば良いのに」と女性に耳打ちしていた。
※登場人物は全員日本人
Okamoto Eizo
岡本英三
2009年6月9日火曜日
商店員(主)心得帖
"お客に恥をかかせるな"が商店の最低限の心得だ。
大きな買い物をした人に大きなサービスをするのは構わない。しかし小さな買い物だからといって、小さなサービスで良いとは言えない。
大きな買い物をした人に大きなサービスをするのは構わない。しかし小さな買い物だからといって、小さなサービスで良いとは言えない。
この心得に向け、商店員は"この店で最も少ない予算でかえる商品はどれか"を常に把握する必要がある。
Okamoto Eizo
岡本英三
人前と上がり症
大勢の人前で話すときなどの精神状態に三段階ある。
1"のまれてなるか"は赤信号
2"のんでかかる"は黄信号
3"のまれてみるか"は青信号
1"のまれてなるか"は赤信号
2"のんでかかる"は黄信号
3"のまれてみるか"は青信号
1と3は聴衆が主体である点で共通している。但しその意味は異なる。
Okamoto Eizo
岡本英三
聖徳太子とグレゴリー一世
聖徳太子とグレゴリー一世(GregorI)は同時代を生きただけではなく、大和とゲルマンという多神教の世界に(高句麗=北朝鮮)仏教やキリスト教という一神教を広めた点でも共通していた。
聖徳太子はイランの思想も受けついでいた。
聖徳太子はイランの思想も受けついでいた。
グレゴリー一世はランゴバルド(Langobarden)族との闘争からローマを守ったが、聖徳太子にとってのランゴバルド族は新羅(シラギ)だった。
Okamoto Eizo
岡本英三
2009年6月7日日曜日
社長の数と資本主義
社長などの経営者は、質よりも量が大切だ。量が多ければ、その分職業の種類も多様化するから、勤労者にとっても選択肢が増える結果、国民が幸せになる。
逆に人間学など、いくら経営者の質が重要だからといって、もし一国に一社しかなければ決して能力や資質は向上しない。投資家にとっても選択肢がせばまり、競争の適正を欠くこととなるからだ。
Okamoto Eizo
岡本英三
慈悲と資本主義
人間の慈悲心には元々限界がある。そのため、切りが無いくらい次々に求められる援助にたいし、最後は締め切りを設ける羽目になる。
そういう無様な偽善に比べ資本主義はすばらしい。
資本主義は次々に経営者を育て、公共や政治家が死蔵する(お金持ちの)資金をそれらの経営者に回す永続的な仕組みだからだ。
富の究極の有効活用法、それが資本主義にほかならない。
Okamoto Eizo
岡本英三
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