2012年5月22日火曜日

東京都知事と大阪市長

明治維新など、いわゆる中央集権体制を標榜、すなわち政策の中心にすれば、中央省庁職員はきっと泣いて喜ぶに違いない。だから「維新」という言葉を用いる政党が現れることは、官僚には歓迎すべきことだ。

中央集権体制では、中央は一箇所が想定せれる。その意味で分からないのは、東京都知事石原氏と大阪市長橋下氏が協定を画策していることだ。なぜなら、もし両者ともに中央集権体制を目指しているとすれば、本来ならば日本の中心を東京にするか、それとも大阪にするかをめぐって、両者はライバル関係にたつはずだからだ。

ただし実際には地方自治体の権力を強めようというのが、両者の一致する政策だろう。要するに「反中央集権体制」だろう。だとするならば、「維新」という言葉は看板に偽りありと指摘されても仕方がない。

【結論】 「西欧(プロテスタント)に追いつけ、追い越せ」という時代は我が国ではすでに終わり、新たな時代を迎えつつある。そんな時に、「この世のすべての貨幣は一旦国庫に集まり、そしてすべての貨幣は国庫から出る」という仕組み作りは時代錯誤も甚だしい。

明治維新とは何か

 今政界やマスコミ界で、大阪維新の会が話題となっている。ここで「維新」という言葉は、おそらく明治維新を意識しているのだろう。そこで維新の政体はいかなるものであったのかが問題となる。

明治維新は天皇を中心とした政体であると、表面的には捉えられている。しかし実際は、徳川幕藩体制とは似ても似つかない別物だった。すなわち明治維新は、官僚中心主義とも言うべき中央集権国家体制だという点に特徴がある。それは中世ヨーロッパ以来のカトリックの系譜に属する。

そのため明治政府では、徳川幕藩体制下における士農工商、すなわち公家を身分の蚊帳の外に置く体制を維持しながら、庶民層からの登竜門としての官僚制を築くところに、統治の根幹があった。その点で、公家支配を旨とする旧貴族社会に比べれば、庶民化というか、部分的に民主化したといえる。つまり名も無き庶民として生まれたとしても、官僚試験に合格するなど、一定の条件が整えば、社会の上層に上がることが出来る。それだけではなく天皇を御旗にして、国の実質的支配権をも手にすることができる。

こういう体制に真っ向から立ち向かったのが、西欧におけるプロテスタント、言い換えれば宗教改革なのである。宗教改革は、主に北方のゲルマン文化圏の人たちが、「商人こそ第一」との名目の下、官僚支配に対抗した。つまりオランダやイギリスなどのプロテスタント勢力は、庶民階層が上昇する登竜門として、事業の成功を用意したのである。そこではビジネスマンが尊敬される。

以上のように、カトリックは晴耕雨読又は清貧に基づく修道士もしくは官僚、ようするに精神性を階層の上位に置くのに対し、プロテスタント、言い換えればゲルマン式キリスト教は商人や生産者、要するに物質性を階層の上位に置くなど、相互に対照的な思想を持つ。カトリックによるカウンター・リフォメーション(反宗教改革)の延長線上に、明治維新はある。

大阪維新の会は維新という文字を用いているから、きっと中央集権体制維持を志向しているのだろう。しかしその際は、地方分権と相反するだけではなく、ビジネスマン中心主義とも乖離することを、予め理解する必要がある。

【格言】 「維新」という言葉を用いた瞬間から、物質主義を捨て、精神主義へと傾注することを意味する。

【結論】 維新体制では、たとえ貧しくても学術に優れたものが尊敬される。その逆にプロテスタントでは、たとえ学問は無くとも、事業家として成功すれば尊敬される。

2012年5月17日木曜日

"警防団"と雇用対策

日本から「完全雇用」という言葉が用いられなくなって久しい。今後しばらくは、如何にして雇用を増進させるかが課題となる。

「御用」と書かれた提灯や長い棒を持って犯人を追いかける大勢の人たちを、時代劇でよく見かける。あの人達は必要な時だけ動員される臨時雇いである。これとよく似た雇い方が現在でもある。それは消防団だ。消防団は普段はそれぞれ本職を持ちつつも、いざというときは災害現場に駆けつけ、人命救助などに当たる。ただし火災などの消防団が活躍する場面は、出動に際し支給される貨幣を収入源とみなすには余りにも少ない。したがって雇用対策として消防団を定義する場合は、もう少し活躍の場面を増やす必要がある。

そこで考えられるのが、現在は機動隊が担っている役割を、一般市民の臨時雇いで賄う方法である。すなわち消防団員を増員するなどして、凶悪犯を追い詰める場合にも活躍してもらうのだ。そうすることにより、例えば定職が無くぶらぶらしている者たちへの雇用対策になる。しかも警察官の常備を減らすことができるから、財政健全化や減税にも資する。これらの臨時雇いを仮に「警防団」と名付けることも可能だろう。

【格言】 「御用」で雇用を。

2012年5月14日月曜日

不動産業と結婚紹介業

今建設業者や不動産業者が苦境にあえいでいる。その大きな原因として、新築一戸建て住宅がなかなか建たないということがある。不動産屋の中には、それを不況に基づく建築資金の不足のせいにする人もいる。つまり住宅ローンを組める条件を満たす人が少ないからだと言うわけだ。

しかし仮に資金があるとしても、新築一戸建の需要へと結びつくとは限らない。なぜかというと、例えば独身で結婚の見通しがない者は、決して一戸建てを建てようとは思わないからだ。つまり独身者にとって新築一戸建は、お金の無駄遣い以外の何物でもない。

要するに、資金以外に家庭を持つという条件が加わらなければ、新築一戸建の需要には結びつかないのである。この点で、不動産の取り扱い件数を増やそうと思えば、独身者が結婚相手を見つけられるように手助けすることが肝要となる。

そういう意味で、不動産業や建設業が婚姻率の上昇に向け、結婚紹介業に進出する積極的意味がある。そうすることにより、うまくゆけば「この結婚紹介業で相手を見つけたのだから、その関連企業で家を建てよう」という顧客が現れることも期待できる。

2012年4月11日水曜日

2012年2月12日日曜日

飲食店の苦境と交通手段

いま全国で、飲食店の経営が苦境にあえいでいる。それもこれも、飲食店に至る交通手段が無い点が大きく影響している。

道路交通法など、かつては飲酒運転に対する処罰が緩かったから、中には自家用車で飲食店に至り、そして飲酒する顧客も存在した。しかし飲酒運転に対する罰則が強化されて以降は、客足が遠のいた。

この交通事故防止と飲食店の経営改善及び消費活性化のためには、飲食店から自宅に至るまでの有効な交通手段を確保する必要がある。その点基本となるのが運転代行業務だ。ただし運転手の賃金を確保する観点で言えば、現状では運転代行の運送料を安くするのには限界がある。つまり"足代"が高いから、その分だけ飲食店における消費量は減る

各地地元の飲食店、とりわけ公共交通機関に恵まれない、地方における飲食店の経営を楽にしたり、あるいは酒蔵の経営などを楽にさせるためには、飲酒量と交通事故防止のバランスを取らなければなならない。そのためには、運転代行などの交通手段での、コスト削減が鍵となる。

その改善策としては、例えば飲食店の集まる地区に、八人乗り程度のタクシーが定期的に巡回するための停留所を設置することを認めるなどの手法がある。こうすることにより、飲食店の顧客の立場で、定時に巡回するタクシーを待つことで、無事に帰宅することを予想できるから、安心して飲酒することができる。こうして定期客が見込めれば、運送業者としても経営が楽になる。

その他に、第二種自動車運転免許の取得者を一種の技術者とみなし、外国人労働者を運転手として雇うことも良い方法だ。そのため入国管理法などを改正する。

このようにして、飲酒者を運送するための運送業の経営を楽にすれば、帰宅手段が゜確保されるから、多くの人々が飲食店を訪れるようになる。これが、地方における消費を活性化させる有効手段となる。

その他に、お米の消費量拡大の観点からも、国民の飲酒量を復活させることには大きな期待感があることは言うまでもない。

2012年1月9日月曜日

貧者の敵、社民党

昨年3月に発生した、東京電力福島第一発電所の放射線事故を受けて、社民党は原子力発電所の全面廃止を主張し続けている。しかしその一方で電気料金を値上げしなくても済むための代替案など、方策は示していない。つまり社民党の主張に従うと、電力の需給関係が均衡を失うことから、電気料金は値上げせざるを得ない。

現代生活において、低所得者や貧者にとっても、電灯など、電気は最低限の文化生活のため必須であるといえる。もし電気料金が値上がりしたら貧者の生活を圧迫することになる。そういう諸費用の高騰は、他の商品に対する消費を減らす効果があることは言うまでもない。

すなわち電気料金の値上がりは、消費低迷を加速させる効果がある。そうなると企業収益が減退する結果、雇用が減らせれる危険性がある。

電気料金の値上げへの対策としては生活保護などの給付の拡充で対処しようとの考えもあるだろう。しかし公的給付は給付される者の所得水準によって線引される実態がある。そういう中では、ぎりぎりの所で給付から漏れた家庭を救うことはできないまま放置される。そしてそういう家庭でも電気料金の値上げによって、他の消費が抑制されるという傾向には変わりない。

事故による被害を受けて「原発反対」を叫ぶのは容易いし、格好良い。しかし発電需要に対する代替案を示さなければ、貧者に対する政治責任を果たしているとは言えないだろう。すなわち現下での原発反対は貧者を追い込む主張と断言できる。

もし原油価格の高騰ならば、自動車での外出を控えたり、あるいは石油ストーブを電気ストーブに変えるなどの対応が出来から、貧者に対する影響は部分的にとどまる。しかし電気料金の値上げは、ほぼすべての家庭の、すべての生活を直撃するのだということを、夢夢忘れるべきでは無いだろう。

2012年1月5日木曜日

公務員の給与は、一部現物給付とせよ

【公務員とインフレ】 公務員はインフレ恐怖症に罹患しているといえる。なぜなら給与を貨幣で受け取っている限り、インフレによって多大な損失を受けるからである。すなわちインフレとは貨幣価値の下落を意味する。
政府全体としても、税を貨幣で徴収し、予算を貨幣で執行する限り、インフレ恐怖症的な性向があることは否定できない。逆に言えば貨幣価値の上昇を意味するデフレは、政府にとって歓迎すべきことだ。なぜなら貨幣価値が高ければ、同額の予算で多くの人々を働かせたり、多くの物資を調達できるからである。
【蓄銭叙位令】 奈良時代に蓄銭叙位令(ちくせんじょいれい)といって、貨幣の普及促進策が取られた。それはどうしてかというと、「こんな、煮ても焼いても食えないような銅銭を受け取ったからといって、大切な物資を手渡すわけにはいかない」ということで、国民が貨幣を手にすることを嫌ったからである。それで「貨幣を一定数保持したものには、公務員の位を上げる」との政令を出すことにより、いわば貯金を奨励した。それでも貨幣の普及が十分ではなかったため、江戸時代まで公務員、すなわち武士の給与お米で支給されていた。
このことからも、貨幣価値は自然発生的又は天賦のものではなく、人工的又は意図的な産物であることがよくわかる。逆に言えば貨幣価値の上下、言い換えればインフレやデフレは政策によって起こすことが出来る。
【不景気とデフレ】 貨幣価値が高いと、人々は貨幣を保持しようとする余り、消費を控えるようになる。その結果不況が懸念される。こうしたデフレ不況を打開するためには、インフレへの目標を設定しなければならない。「物価は将来必ず値上がりする」という意識が、人々を消費に向かわせるからである。
そういうインフレ・ターゲット政策を実施する上で、公務員及び年金生活者のインフレ恐怖症が邪魔となることは言うまでもない。つまり公務員が貨幣によって給与を得ている限り、インフレ目標は反対論にさらされる。ちなみに年金保険料を負担したり、年金を受給することは公務の一種である。

2012年1月4日水曜日

優しい経営者と経営の失敗

社員などの内部関係者と、取引先や顧客などの外部関係者の利害を一致させるのが名経営者と言うべきだろう。
しかし内部関係者と外部関係者との利害関係が対立することもある。その時どう決断するかで、経営者の資質が問われる。もちろん外部関係者のためには内部関係者を切り捨ててこそ、名経営者と言える。
この点社員の生活を慮るなど、優しい心根の持ち主はしばしば経営に失敗するから注意が必要だ。”泣いて馬謖を斬る”などの古代からの教訓を連想するまでもなく、顧客のためにこそ企業は存在するという大義のためには、これと対向する内部関係者を切り捨てることを躊躇してはならない。
こういう諸点で、会社経営者は国民のためにはたとえ外国を欺いても是とされる政治家とは立場が対照的だ。

2011年10月27日木曜日

創業と日本経済

中国を含め、諸外国では例えば男が二人集まれば、「商売でもするか」という話になる。そして友達の友達はみんな友達だ、ということで、各種の専門家がすぐに集まる。商売を志望し、お勤めを辞めたくてうずうずしている人が多いから、出資金も集めやすい。

それに比べれば日本は実に官僚的だ。日本では創業といえば、まず政策金融公庫などの金融機関から資金を借り入れることから始まる。逆に言えば仲間同士が出資しあって、自己資金で経営を始めるというスタイルにはならない。

ただしその際でも、日本経済が決して極端に創業に適していないわけではなく、やれば出来るにも関わらず、出資金を拠出する者は少ないのが現状だ。これは例えば徳川幕藩体制など、若者が創業することに対し抑圧する制度が長年続いたこととによる国民性と無関係ではないだろう。

いまネット上では「異業種交流会」などの開催が告知されている。ただしこれでは名刺交換は出来たとしても、創業に向けての印象が弱い。そこで今後は例えば「創業志望者の会」などの名称で、お互い出資金を募ることを目的に開催することが必要だろう。

お年寄りが「オレオレ詐欺」などで多額の現金を持ち去られるくらいなら、そういう余剰資金はリスクを取って創業希望者に対し直接投資されるのが、新たな職場作りの観点からみても、いまの日本経済にとって必要不可欠だといえる。