2013年12月17日火曜日

今日の天気

日の天気は曇りです。タブレット端末での初投稿。

2013年4月17日水曜日

平成25年3月30日、松江自動車道開通

●島根県掛合町から広島県三次市までの区間が開通し、中国自動車道経由で松江市や出雲市まで高速道路で行けるようになりました。
●開通の日、出雲大社に参詣後、松江を経て帰路に開通区間を通りました。

松江自動車道開通 地図と写真

2012年8月26日日曜日

インフレと年金

ある郵便局で、「年金をかけるなら是非当支店をご利用下さい」という形で頭を下げられた。元公務員である郵便局職員にしては珍しい態度だ。

このように郵便局を始めとする各金融機関は独自の年金について、掛金を徴収することに全力を上げている。それには理由がある。すなわちインフレ経済が迫ってきているのだ。

インフレとは物価高又は貨幣価値の下落を意味する。その逆にデフレとは貨幣価値が高すぎて、人々がなかなか貨幣を手放さない状態を指す。商品の価格が下がるから、人々は消費を先延ばししようとする。要するに不況だ。現在の日本はこのデフレ経済にあるといえる。

デフレ下では、例えば「老後に月額一人二十万円支給されます」と聞けば条件の良い年金だと解釈する人が多い。貨幣価値が高いから、月額二十万円でも高額と映る。

しかしインフレになると、例えば大根一本が二千円とか、或いは平均月給が二百万円などの現象が起きる。その際の年金月額二十万円は、当然ながらデフレ下の二万円程度の価値しか無い。年金は契約により支給の「額面」が決まっているのに対し、インフレ経済では貨幣価値が下落するからだ。例えばデフレ下で年金保険料を支払い続けた人が、支給の時にインフレになっていれば、損をする。

これを逆に言えば、デフレ下など、貨幣価値が高い時に保険料を預かり、そして支給の時にインフレになった場合、郵便局などの年金運用機関は得をする。結論から言えばインフレ下では借金や預り金をした者が得をする。

米国トウモロコシの不作など、昨今では物資不足、言い換えればインフレ要因がヒタヒタと迫りつつある。そんなインフレ懸念の中で、デフレ下の金銭感覚で年金の保険料を支払い続けることは、理論上、愚かな行為だと言わざるをえない。その逆に住宅購入など高額の耐久消費財の購入に向け借金をすることは将来得となる。借金の額面は変わらないのに、インフレ下では貨幣は手に入れやすくなるから、借金の返済が楽になるからだ。

2012年7月18日水曜日

いじめの撲滅

滋賀県大津市の中学校でいじめを受けていた生徒が自殺したことを巡って、大きな話題となっている。

そこでいじめの防止法だが、教師などの学校関係者がいじめを的確に把握することから始めなければならない。そのためには現代流にITを駆使すると良い。

つまり学校に「いじめ担当」の教員を置き、学内いじめ110番の携帯番号を決める。その携帯でメールを受け付けるほか、Cメールなど、電話番号に対しメッセージを打つ機能も活用する。このいわゆるショート・メール機能は、相手、言い換えれば先生などのいじめ110番の番号さえ分かれば、難しいemailアドレスを自分の携帯に保存しなくても良いから、いじめられっ子又は密告者も使いやすい。

そして次は「学内掲示板」を活用する。もちろんネット上の掲示板だ。そういう掲示板にいじめの目撃情報などを匿名で密告者に書かせる。その際クラス名だけでも特定されていれば、教職員も当事者を特定しやすくなる。閲覧権は教職員に限る。

この「いじめ110番」の電話番号や掲示板のいじめ情報は、生徒たちが見やすいところに文面で掲示する。そして例えば、「今週のいじめ注意報」など、どのクラスでいじめが何件報告されているか、情報開示する。要するに、いじめる生徒に対し、「今犯人を特定中」という警告を発する。その際空メールや空書き込みも、いじめの件数としてカウントする。

仮にいじめっ子が密告に対し仕返しする時は、犯人が誰であるかがますます分かりやすくなるという仕組みだ。

呉市新庁舎建設費問題

●請願署名用用紙 (PDF) ダウンロード

2012年6月10日日曜日

有休農地と救貧

今非正規雇用など低収入が原因で生活保護を受けようとする国民が増えつつある。その一方で所有する農地を遊ばせたまま悠然と生活している人たちも多い。このちぐはぐ(齟齬)を無くすためには、もっと遊休農地を活用させる手段を講じなければならない。そのためには遊休農地を低所得者に無償で譲渡させる「ミニ農地改革」を再実行する必要がある。

日本人は太平洋戦争に敗北し、占領政府など「外圧」がなければ、農地改革や財閥解体などの資産再配分を自力では成し得ない欠点を持っている。しかし遊休農地が今日ほどまでに増え、なおかつ経済格差が叫ばれる今こそ、自力で農地改革を実行する絶好の機会だ。

具体策としては、遊休農地を一人一反を基準に、低所得者に再配分する。そして換金防止のため、例えば「十年間売買禁止」と登記を打つ。このようにして、例えば自分では動けない低所得者も譲り受けた農地を賃貸に出すことで収入を得ることができる。

いま農業を志望する若者が増えてるそうだ。そういう若者が実際に農業を始めるに際し障害となるのが、農地の所有者がなかなか農地を手放さなかったり、或いは貸さなかったりすることだ。つまり農地の各所有者が「所有権絶対の法則」を悪用するなどして私益を優させる余り、公益を顧みない行為を行うことが原因となっている。この事態を改めるには「食糧安保など、農地には一定の公益性がある」との観点の下、強制力を用いることが必要だといえる。

結局農地は、それが如何に使用されているかについて、所有者からの報告義務を強化し、一定期間報告が無いか、又は虚偽報告が明らかとなった時は、所有者を交代させる強行措置が必要だ。その時の所有者交代の良い受け皿として無産階級としての低所得者がある。低所得者は一般に所有物が少ないから、農地からの収入があればすぐに消費に向かうことが期待できる。その意味で景気対策にもなる。

農地だけだはなく現代日本では、空き家や空き室も増えている。この空き家や空き室を組み合わせることにより、農業者の住居として有休農地の所有者交代は実現しやすくなる。すなわち空き家についても遊休農地と同様の強制措置が必要だろう。

英雄と中華

「華」とは、中国人の尊称だそうだ。「華」は「はな」と発音し、これは「花」と同じだ。しかし花が草の変化を指す自然的概念であるのに対し、華は多分に文化的又は人工的な側面を持つ。つまり文として化けた人間の集団こそが「華」なのである。それは顔の中で鼻こそが中央を占めることと関係があるだろう。ちなみに華の草冠の下の部分は、藤などの花房を意味するそうだ。

その点「英(はなぶさ)」という文字は、「華」と意味的に共通する。例えば英雄など、「英」の文字を用いる単語には、自然的と言うよりもむしろ人工的又は対人的な意味合いが強い。

都市は一般に、自然よりも人で溢れている。だから都市では「花」よりも「華」の概念が多用される。結局ある人物が華又は英となるには、対人関係における知恵が必須だと言えるだろう。

【参考図書】 王敏著「花が語る中国の心」中公新書

瓦礫の山と宝の山

今全国の各自治体で東北震災に伴って出た瓦礫について、その処分を受け入れるかどうかが話題となっている。特に東京電力福島第一発電所の周辺の瓦礫については放射能に汚染されている可能性が指摘されることも手伝って、受け入れをためらう自治体が多いのが現状だ。

しかし瓦礫は宝の山という見方もできる。なぜならその中には使われた電子機器などの金や銀、及び希少金属が含まれているからである。日本は鉱物資源に乏しいので、瓦礫から希少金属を取り出す技術と費用次第では、取り出した各種金属を販売するなど、ビシネス、すなわちお金儲けへと発展する可能性を秘めている。

それに加え、原発反対の世論の中、火力によって発電用タービンを回すことへの期待感が復活する情勢にあっては、ゴミを焼却処分するときの発熱は、貴重な熱源として、再利用する価値がある。

これらを総合すると、ゴミ又は瓦礫を宝の山とすることもあながち不可能ではないだろう。

2012年6月4日月曜日

勤労者志向と自由主義

納税や法規制など、あらゆる不自由又は拘束から逃れることを尊重する考え方を自由主義という。その延長線上には政府の不要化があることは言うまでもない。

ところでこの世には「何もすることがないのは苦痛だ」という人々が確実に存在する。日本人にはとりわけ目立つ。この人々は勤労者を志望する確率が高い。なぜなら勤労者とは、時間を売るという要素を多分に含むからである。すなわち暇は忌まわしいと考える人にとって、暇つぶしが金銭へと結びつく勤労は一石二鳥に当たるからである。

逆に言えば、「すべきことを何か命じてくれ」と言わんばかりの勤労者志向の者が多数を占めると、そこは自由主義とは程遠い社会となる確率が高い。

自由主義は「自分でやりたいことは自分で見出す」人たちが持つ考え方だ。そういう意味からすれば、勤労者志向の者は、非自由主義的発想の持ち主として、実際には自由主義を遠ざける効果を発揮していると言えるだろう。旧来の農民などはその典型である。農民の生活、言い変えれば生計では、自由な発想よりもむしろ同じ事をコツコツと繰り返すことに価値が置かれる。そしてそこでは、例えばアイデアを練るなどと称して、働かないで考え事ばかりしている者は嫌われるか、又は忌避される。

徳川幕藩体制を含め、行政権が強固な時は秩序が保たれるという利点があった。その一方で奇抜なアイデアなどの自由な発想は抑圧されたと言って良い。

【結論】 行政権は自由主義の敵である。

2012年6月3日日曜日

車の屋根と太陽光パネル

炎天下の交通渋滞では、もし燃料がなくなったらクーラーが使えなくなるから、社内は地獄の様相を呈する。車が動かないから、風も入らない。その際、仮にエンジンが止まっていたとしてもエアコンを動かすことが出来れば、長時間の渋滞にも耐え易くなる。

その点太陽光パネルは打って付けだ。なぜなら炎天下こそ、太陽光パネルは効率良く発電するからである。つまり太陽光パネルは、クーラーの強い味方だ。クーラー以外にも、車内で電気の使い道は多い。

親が車内に子供を置いたままパチンコなどに夢中になって子供を熱中症で死なせる事件も、エンジンを切ったままでエアコンが使える事態となれば、きっと減るだろう。

車の屋根に太陽光パネルを設置するときは、パネルを強化ガラスで覆う必要がある。そういうガラスが開発される日は、そう遠い未来ではないと予想する。