2012年6月4日月曜日

勤労者志向と自由主義

納税や法規制など、あらゆる不自由又は拘束から逃れることを尊重する考え方を自由主義という。その延長線上には政府の不要化があることは言うまでもない。

ところでこの世には「何もすることがないのは苦痛だ」という人々が確実に存在する。日本人にはとりわけ目立つ。この人々は勤労者を志望する確率が高い。なぜなら勤労者とは、時間を売るという要素を多分に含むからである。すなわち暇は忌まわしいと考える人にとって、暇つぶしが金銭へと結びつく勤労は一石二鳥に当たるからである。

逆に言えば、「すべきことを何か命じてくれ」と言わんばかりの勤労者志向の者が多数を占めると、そこは自由主義とは程遠い社会となる確率が高い。

自由主義は「自分でやりたいことは自分で見出す」人たちが持つ考え方だ。そういう意味からすれば、勤労者志向の者は、非自由主義的発想の持ち主として、実際には自由主義を遠ざける効果を発揮していると言えるだろう。旧来の農民などはその典型である。農民の生活、言い変えれば生計では、自由な発想よりもむしろ同じ事をコツコツと繰り返すことに価値が置かれる。そしてそこでは、例えばアイデアを練るなどと称して、働かないで考え事ばかりしている者は嫌われるか、又は忌避される。

徳川幕藩体制を含め、行政権が強固な時は秩序が保たれるという利点があった。その一方で奇抜なアイデアなどの自由な発想は抑圧されたと言って良い。

【結論】 行政権は自由主義の敵である。